「 悠々自適 」 な ・・・ 自由生活
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ハイドン
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ハイドン(1732~1809)オーストリア
Franz Joseph Haydn

・ ハイドンはオーストリアの作曲家。
車大工の息子として生まれ、5歳の時に従兄から音楽を学び、8歳の時にウィーンの少年合唱団に入った。
1749年変声期で退団し、町の楽団に加わる。
55年フェルンベルク伯爵家のヴァイオリン奏者となり、このころからエマーヌエル・バッハの作品を研究し、その影響をうける。

・ 59年モルツィン伯爵家の楽長となり、はじめて交響曲を書いた。
61年パウル・アントン・エステルハージ公の副学長となり、翌年パウルは死去し弟のニコラウスの時代になって、66年に楽長の死去にともない楽長の地位につく。
90年ニコラウス公の死で楽団が解散するまで、ハイドンはこの地位で働き、数々の交響曲、<ロシア四重奏曲>をふくむ弦楽四重奏曲などを書いた。

・ エステルハージ家を辞してから自由の身になったハイドンは、イギリスの指揮者で興業家のペーター・ザロモンの招きで91-92、94-95年の2回にわたりロンドンを訪問し、その間にいわゆる12曲の<ザロモン交響曲>を書いた。
イギリスできいたヘンデルの作品に感動して、ウィーンに帰りオラトリオ<天地創造>と<四季>の大作を書き上げ、1801年以後は、余生を安楽にウィーン郊外で過ごした。

・ ハイドンは古典派音楽の父と言われ、特に交響曲、室内楽、ソナタなどの器楽の分野で古典派音楽の完成に大きな貢献をした。

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