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善光寺 御開帳
善光寺 御開帳

善光寺 御開帳

 長野市の善光寺で5日、数え年で7年に1度の御開帳が始まった。
午前6時半、住職の小松玄澄貫主が本堂奥に安置された厨子(ずし)の扉を開くと、金色に輝く阿弥陀如来像を中央に前立本尊が現れた。
<解説:引用>
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8世紀石仏 発掘-韓国
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8世紀石仏 発掘-韓国

 韓国南東部の慶州でこのほど、8世紀後半に前のめりに倒れたまま土に埋もれていた巨大な石仏が見つかった。
11日までの発掘で、作られた当時そのままの無傷の顔部分が現れ、関係者を驚かせている。
十一面観音菩薩立像
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十一面観音菩薩立像
重要文化財 

唐時代・7世紀/像高42.1cm
東京国立博物館蔵

 大化改新で有名な藤原鎌足(614~669)の長男・定恵(次男は藤原不比等)が留学僧として天智2年(663)に唐に渡り、同4年(665)に帰国した時、持ち帰った可能性が高い唐時代の像。

 唐時代に玄奘や王玄索などがインドから持ち帰ったことをきっかけに、インド風の仏像が流行した。
頭部上方の菩薩面から足の裏にいたるまで白檀(びゃくだん)の一木で作られる典型的な檀像(だんぞう)の十一面観音像で、右手に数珠(現在のものは後に補なわれたものであるが、当初も数珠であったと考えられる)をもつことに特色がある。
薬師如来座像(国宝)
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薬師如来座像(国宝)
新薬師寺 本尊 
(平安時代)

 一木彫成 平安初期の代表作である。
 この仏の前に立つ時、言い知れぬ威圧と荘厳を感じる。
その肩から胸に流れる線は、肉感的感覚を覚えさせる程見事である。
大きく見開いた切れ長の目、堂々たる体躯。
まさに密教精神の具現である。
 古来より眼病,耳病の仏として霊験あらたかであり、遠近より祈願参詣参籠する人が今にたえないのも頷ける。
 近年体内より法華経八巻が発見され、直ちに国宝に指定された。
また薬師如来は大和十三仏霊場会の第7番御本尊であり、又、西国薬師霊場会、第6番の御本尊である。
十一面観音菩薩立像
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十一面観音菩薩立像

木造,素地
多武峯伝来
像高42.4


■解説
 中国における檀像の本来の姿を示す像です。7世紀半ば過ぎに『十一面神呪心経』の旧訳と新訳を折衷した図像にもとづいて造られました。
インド風のエキゾチックな面貌は,この時期の唐におけるインド風の流行を反映しています。
多武峯の開基入唐僧定恵の請来像かもしれません。
浮彫十一面観音龕
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浮彫十一面観音龕
  (うきぼりじゅういちめんかんのんがん)

石灰岩
陝西省西安宝慶寺
総高113.8

重文

■解説
 宝慶寺石仏群は,中国唯一の女帝である武則天(則天武后)が長安城内に造営した光宅寺の七宝台に安置された。
本像のような十一面観音立像龕と,阿弥陀如来,弥勒如来,降魔印を結ぶ如来などを中尊とする三尊形式をとる龕の2種,計30余点が現存する。
長安3,4年(703,4)の年記をもつ作例があり,その頃の制作と考えられる。
空海
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空海
(くうかい、宝亀5年6月15日(774年7月27日) - 承和2年3月21日(835年4月22日))
「弘法大師(こうぼうだいし)」の諡号(醍醐天皇、921年)でも知られる日本真言宗の開祖。
俗名は佐伯真魚(さえき・の・まお、佐伯眞魚)。
最澄(伝教大師)とともに、旧来のいわゆる奈良仏教から新しい平安仏教へと日本仏教が転換していく流れの劈頭に位置し、中国から真言密教をもたらした。
また、書道家としても能筆で知られ、嵯峨天皇・橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられる。
木造 薬師如来坐像
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木造 薬師如来坐像

平安時代(国宝)(薬師堂安置)

 薬師堂に造像された薬師三尊像は、延喜7年(907)に醍醐天皇の勅願により完成したもので、深遠にして重厚な作風は、前時代の弘仁・貞観様式を正統に受け継いだ最後の作品ということができよう。

 制作者と推定される会理(えり)は開山・聖宝の弟子で、仏師といっても真言宗の阿闍梨として教養の高い人物であり、晩年には東寺二(にの)長者職につき権少僧都に補せられた程の高僧である。

 東寺食堂(じきどう)や東大寺講堂の諸像を制作したことが知られ、彼の作品が醍醐寺に完全な形で残っていることは極めて貴重なことといえる。
阿弥陀如来坐像
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阿弥陀如来坐像

 「阿弥陀」はサンスクリットの「アミターユス(amitaayus)」=「無限の寿命をもつもの」、アミターバ(amitaabha)」=「無限の光をもつもの」音写したもの。

 意訳して、無量寿仏/無量光仏とも呼ばれ、無明の現世をあまねく照らす光の仏とされる。
西方にある極楽浄土という仏国土を持つ。
造形化された時は施無畏印・与願印・定印・来迎印を結ぶ。

 阿弥陀三尊として祀られるときは、脇侍に観音菩薩・勢至菩薩を持つ。
密教においては、五仏(五智如来)の一如来として尊崇される。
阿修羅
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阿修羅
(あしゅら、あすら)
八部衆に属する仏教の守護神。
修羅(しゅら)とも言う。
大乗仏教時代に、その闘争的な性格から五趣の人と畜生の間に追加され、六道の一つである阿修羅道(修羅道)の主となった。

 阿修羅とは梵語「asura」の音写。
古代インドの魔神アスラが仏教に取り入れられ た。
帝釈天と戦争をするが、常に負ける存在。
この戦いの場を修羅場(しゅらじょう)と呼ぶ。

 姿は、三面六臂(三つの顔に六つの腕)で描かれることが多い。

 奈良県・興福寺の八部衆像・阿修羅像(国宝)や、京都府・三十三間堂の二十八部衆像・阿修羅像(国宝)が有名。

 日本語では、争いの耐えない状況を阿修羅道に例えて阿修羅、修羅と呼ぶ場合もある。
修羅場という語も「しゅらば」と読まれて、激しい闘争の行われている場所、あるいはそのような場所を連想させる状況を指す。
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